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「安倍は動かぬ」

居並ぶ御家人を前に、何でもない事のように落とされた言葉は、しかし彼らの動揺を誘うには十分だった。

「それではどうやって．．．」
「人ならば切り捨てられようも、相手が怨霊となれば、我等では滅する事叶いませぬぞ．．．」
「動かぬということは、平家にも与せぬということだ。それは有難いがしかし．．．」

何度叩き伏せようと、既に一度死した身には大した効果を得ることは出来ない。平家が扱う怨霊武者が出てくれば、対抗する術を持たない源氏側は苦戦せざるを得ない。それどころか、下手をすれば平家ではなく怨霊によって滅びへと追い込まれる可能性すらある。
疲れを知らず、痛みを知らず、倒れる事を知らぬ。使役者の思うままに動く怨霊武者は、少数であっても源氏軍の脅威である事は間違いなかった。
彼らを調伏出来るとすれば、陰陽師。
しかし、現在陰陽師を束ねる安倍家は、源平の戦に対して不干渉を貫いている。
邪道の術を使う平家に対抗するため、と幾ら説こうとその首が縦に振られることはなく、巻き込まれた民を助ける為に手を差し伸べる事があっても、そこまでだ。
一度でも怨霊武者と対峙したことがある者は、それを敵に回す厄介さを十分に理解している。だからこその、この動揺だった。
その場で動揺を示していないのは、ただ一人。
動揺を与えた発言の主である、頼朝その人だけだ。

「安倍が動かずとも、問題はない」

揺らがないその姿と、言葉。それは自然と場を沈黙させる威圧感を持っていた。
皆の視線が集まったところで、頼朝は名を呼んだ。

「景時」
「──っ、．．．はっ」

頼朝の座の近く、言われるままにそこに在った景時が雷に打たれたかのように体を震わせ、頭を垂れた。些か過剰にも見える反応を周囲が不審に思う間もなく頼朝は続ける。

「今日よりお前に軍奉行を任せる」
「──っ、頼朝様っ！？」
「なんと．．．」
「あの平家の．．．」

思わず面を上げた景時の耳にも、背後の御家人達の囁き交わす声が届く。その内容ははっきり聞き取れずとも、言わんとしている事は嫌と言うほど良く判った。
石橋山で頼朝を助けた功だけで、平家を裏切って源氏に降った男がそのような大役を与えられるとは。それが頼朝の贔屓でなくてなんなのか。
嫉妬や悪意を多分に感じるそれらの囁きなど、言われずとも景時自身が一番良く判っている。
だが、石橋山の真実があるが故に、尚更景時は惑うのだ。
頼朝の意図が読めない。
何故、頼朝はそうもこの身に拘るのか。役にも立たず、強大な力を前にして従うしかなかった、それしか選べなかったような惰弱なこの身に。

「しかし、降ってすぐにそのような大任、いささか重過ぎるのでは．．．」
「確かに、他の者への示しがつかぬのでは」
「鎌倉殿、何ゆえのこの人事なのか、お聞かせ願えぬでしょうか」
「その答えは、いずれ結果として誰しもが目にすることになる。──景時、よいな」

疑問の声を全て捻じ伏せ、王者が問う。それは問いの形でありながらも、拒否を認めぬ声だ。

「．．．頼朝様の、御意のままに」
「それでいい。お前の力、役立てよ」
「．．．はっ」


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ここまで書いて、これじゃ最初に思いついたネタにいきつくまでに阿呆ほどかかるよ！　小ネタにならないじゃん！！　と思って没になりました。
勿体無いのでこっちでリサイクルー。